大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和24年(オ)217号 判決

岩手県稗貫郡湯本村大字二枚橋第五地割一一八番地

上告人

岩手製樽工業株式会社

右代表者清算人

鹽見久次郎

青森市松森町四九番地

上告人

山上豐三郎

右両名訴訟代理人弁護士

寺井俊正

盛岡市志家万代町三六番地

被上告人

石渡寛

右当事者間の仮処分異議事件について、仙台高等裁判所が昭和二四年七月一五日言渡した判決に対し、上告人等から全部破棄を求める旨上告の申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

"

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人等の負担とする。

理由

上告代理人弁護士寺井俊正の上告理由第一点について。

本件仮処分が係争建物のうち三棟について、上告人山上の占有を解き他の三棟と共にその全部を被上告人の委任する執行吏の保管に付した上これを被上告人に使用させることを内容とするものであるが、仮処分は争ある権利関係につき仮の地位を定めるためにもこれを為すことができるのであつて、その処分は殊に継続する権利関係につき著しき損害を避け若しくは急迫なる強暴を防ぐため又はその他の理由によりこれを必要とするときに限つて許されるのである。本件において原審は本件仮処分を必要とする理由として被上告人の主張する事情は、すべてその疏明ありとする外、本件仮処分命令の執行された昭和二三年八月中旬頃上告人山上は、家財をまとめて一部は既に発送し青森市に移転の準備を整えており、従来同人の使用していた作業場なども出入口を閉鎖し、入口の戸と柱を針金で結び全く事業を止めていたこと及びその後間もなく青森市の現住所へ引上げてしまつた事情についても亦その疏明ありとし、このような特別事情のある場合には前記のような仮処分命令も必ずしも妥当を欠くものということはできないと判示しているのであるから、原審は本件仮処分によつて債務者たる上告人山上のうける不利益と、債権者たる被上告人が避けようとする損害の程度とを対比し、継続する権利関係につき被上告人が避けようとする損害を著しいものと認めその損害を避けるため必要なりとして本件仮処分を是認したものであることは明らかである。それゆえ原判決には所論のように仮処分の範囲を逸脱し又は理由不備の違法あるものということはできないから論旨は理由がない。

同第二点について。

甲第一三号証が本訴提起後一私人によつて作成された証明書と題する書面であつて、上告人等が不知としてその成立を争つているものであることは所論のとおりである。しかしかかる書面であつても裁判所が自由な心証によつてその成立及び記載内容を真実であると認める場合には、これを判断の資料となすことができるのであつて、殊に疏明の場合にはかかる書面を判断の資料とすることは毫も妨げないのであるから、原判決には所論のような違法なく論旨は理由がない。

同第三点について。

本件転貸借の目的物が係争建物の外、これに設備された機械その他工具什器一切を包含するものであることは、原判決の確定するところであるが右機械その他工具什器一切が、本件係争建物の転貸借に従として包含されるものであることは記録上明かであるのみならず、建物が転貸借の目的物である以上、右転貸借がたとえ営業の転貸借に準ずるような契約であつても、右建物の転貸借には借家法の適用があるものと解するを正当とする。それゆえ論旨は理由がない。

同第四点について。

本件仮処分についての本案訴訟は、本件係争工場建物中上告人山上に使用させていた建物については同上告人に対しその引渡を、その他については上告人両名に対して転借人たる被上告人の占有妨害排除を求めるものであることは、被上告人が原審で主張しているところである。ところで所論の抗弁は、上告会社においてのみ主張するところであつて、上告人山上においては何等これを主張していないことは原判決事実摘示により明かであるから、原判決が右抗弁についての判断をなすことなく、上告人山上に対する関係において、被上告人が係争建物の転借権を有することにつき疏明ありとして右転借権に基く引渡請求権を保全するため、本件仮処分を認可した原判決には所論のような違法はない。又上告人両名に対し占有妨害排除を命ずる本件仮処分の部分は、被上告人の占有妨害排除の請求権の保全を目的とするものであるから、被上告人は占有権を有することを疏明するをもつて足り、進んで占有の基本たる権利についての疏明を必要としないのである。そして被上告人が占有権を有することは、弁論の全趣旨に徴し上告人等の争はないところであるから、被上告人の占有の基本たる転借権について疏明がなくても、本件仮処分を認可するに妨げないのである。従つて原判決が上告会社の所論抗弁につき判断をしなかつたからといつて、所論のように理由不備の違法ありということはできない。それゆえ論旨は理由がない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条により主文のとおり判決する。

右は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 藤田八郎)

昭和二四年(オ)第二一七号

上告人 岩手製樽工業株式会社

外一名

被上告人 石渡寛

上告代理人寺井俊正の上告理由

一、原判決は上告人の住家並びに作業場倉庫の占有を奪い、これを被上告人に使用せしめ、本案判決をそのまま事前に実現するが如き処分を認めたものであり、仮処分の目的を逸脱し違法である。又理由に不備があり破毀せらるべきである。

(イ) 盛岡地裁昭和二三年(ヨ)第三七号仮処分決定は昭和二十三年八月十一日発せられ、右は同月十三日執行となつたものであるが、当時上告人山上は被上告人方より木取供給悪しきため秋田方面より木取取寄のため旅行中であつたが(山上本人訊問)家族が目的住宅に居住し(乙第五号証)小田定夫、鎌田敏夫其の他を雇傭し居り、又竹資材製品をも擁し事業継続の状態にあつたのである(小田、鎌田敏夫証言)

かかる状態を本人の意図に反し突然中断し、建物の占有を奪いこれを申請人たる被上告人に与うるが如きは、違法不当なる措置たるは明かである。されば仮処分裁判所たる盛岡地方裁判所が異議を容れこれを取消したのは当然の措置であり、原判決がこれを囘復せる理由に苦しむ。

(ロ) 又「前示甲第一号証によると、前記転貸借の際、控訴人は被控訴人山上に対し、同被控訴人の結樽作業に必要とする数量の樽木取の供給を約したことが疏明せられる点等から見て、前記建物中被控訴人山上の使用していた(二)の住家、(四)の内三十坪の作業場。(五)の一戸は転貸借の目的から除外されたのではないかとの疑がないではないが」(原判決五丁表)と原判決の自ら認める如く、仮処分の基礎たる権利自体に多大の疑問の余地が存するばかりでなく、尚且被上告人の所謂転貸は仮処分前既に解約せられ居る不確実なる状態にあるのであり、更に乙一号証によれば、転貸禁止の明文あり、且被上告人本人並びに清水外光の供述によれば、被上告人が当初よりこの禁止を知り居ること明かであり、その所謂転借なるものは愈々不確実であり、かかる不確実なる基礎の上に立つてかかる無謀に近い仮処分を認めることは到底許さるべきではないと信ずる。

(ハ) 被上告人の緊急使用を要する理由としては、仮処分申請書によれば材料置場とするにある如くであるが、材料置場として作業場更に又住家を明渡させるが如きその不当多言を要しないのである。

(ニ) 又、原判決は前記解約の效力について本案にゆずるとして判断を差控え、又、上告人会社の土地、建物、機械、器具、什器一切が被上告人の所謂転貸の目的たることが一応疏明し得られる(原判決四丁裏)としながら一方これに対する株主総会の特別決議の要否なる重大なる事項に対しても亦判断を差控えるの消極的なる態度に出でつつ、一方処分に対しては、事前に本案の内容を実現するが如き無謀に近い決断を示すことは理由に彼此齟齬あるものと言わねばならぬ。

(ホ) 原判決は何故に本件目的を被上告人が使用すべき緊急の必要ありやについては一の判断を示すことなく、ただ単に上告人山上が本件仮処分により仮処分後の昭和二十三年八月十六日(乙第五号証)青森へ引揚げるのは已むを得なかつた事実を曲解し、恰かも山上が任意引揚げたるが如き口吻をもらし(イ)に説述の如く、これに反する多数の事実あることには強いて目をつぶる如きは甚しく偏頗なりとのそしりを免れないが、更に上告人被上告人間に既に本案に於て、相互に引渡について争の存する際に、これを本案前に被上告人に引渡使用せしめるものとするには、被上告人側にこれを正当づける緊急の必要並びに基礎たる確実なる権利関係が存しなければならぬ。しかるに権利関係甚だ不確実なるは前述(ロ)(ハ)の如くであるが、被上告人側の緊急使用の必要については一つの判断も示されていないのである。若し仮りに他に占有を移転するの虞あり、これを禁止すべきものとせばその禁止のみにて足り、執行吏の監督の下に従前通り上告人に使用せしむれば足りる筈であり、原判決の措置は仮処分の範囲を逸脱し、且理由に不備あるものと言わねばならぬ。

二、原判決は証拠能力なき書面を以て証拠となせる違法あり、破毀せらるべきである。

原判決は甲第十三号証を以て、転貸借の成立其の他重要なる事実認定の資料としている。而して甲第十三号証は証明書と題する一私人の作成名義の陳述書であり、上告人は勿論これを不知として争つているのである。ところがこの成立を認むべき何等の事実がないにかかわらず、原判決は当裁判所の真正に成立したものと認める甲第十三号証としこれをとつて以て重要なる資料としている。事件後に人証を回避する目的を以て、作成せられた文書の証拠能力のないことは争いないところと信ぜられるが(大審院昭和二年二月二十五日判決)これは蓋し、その成立並びに内容共甚しく不確実であるからである。従つて、疏明方法としても亦かかる書面はその成立については、何等かこれを徴する事情のない限り原則としてその成立は認むべからざるものとして取扱わるべきである。然るに何等肯定するに足る事実のないに拘わらず、恣意的にその成立を認め、且これを重要なる事実認定の資とせる原判決は証拠に関する実験則にも反し、違法の措置と言わねばならぬ。

三、原判決は本件被上告人の所謂転貸借について、借家法の適用ありと断じているが、甚しく不当である。

本件甲一号証の目的物は被上告人の主張によれば、土地、建物、機械、器具、什器一切を包含するというのであるが、かかる契約に借家法の適用ありとは断じ得ない。何となれば借家法は家屋の貸主借主間の経済的地位の懸隔を補い、住居の安全を保護する目的に出ずるのであるが、本件の如く、営業全部の賃貸に準ずべき契約に於て、双方企業者として対等の地位にある場合、時に法がこれに干渉し保護を加え、一当事者の営利行為を擁護する必要は毫も存しないからである。又、本件契約は動産不動産を包括する一個の契約であり、かかる契約にそのまま借家法の適用ありとせる原判決は法の適用をあやまれるものというべきである。

四、被上告人の主張によれば、甲一号証契約は上告人会社の営業用財産全部を目的とする転貸借ということに帰するのであるが、これに対し、商法第二百四十五条一項二号の適用ありや否やは本件仮処分許否に対する判断の基本的なる問題の一であるが、原判決はこれに対し、判断を回避し居るは甚しく不当である。又、ただに判断を回避するのみでなく、第一審裁判所がこれに対し、判断せること自体を判断の内容の当否を問題とすることなく、単に判断せることの故に不当なりとせるは理由に不備あり、破毀せらるべしと信ずる。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例